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福岡地方裁判所 昭和44年(行ウ)39号 判決

原告 北野亀治

〈ほか一三、九一〇名〉

右訴訟代理人弁護士 立木豊地

同 林健一郎

被告 福岡県

右代表者知事 亀井光

右訴訟代理人弁護士 堤千秋

同 植田夏樹

同 国府敏男

右当事者間の勤勉手当請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

一、当事者の申立

1  原告ら

「被告は原告らに対し、それぞれ別紙原告請求金目録請求金額欄記載の金員およびこれに対する昭和四四年一〇月二日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

2  被告

(一)  本案前の申立

「原告らの請求を却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決。

(二)  本案に対する申立

主文同旨の判決。

二、当事者の主張

1  請求原因

(一)  原告らはいずれも福岡県下の公立小中学校に勤務する地方教育公務員で、福岡県教職員組合(以下、単に「福教組」という。)の組合員であり、被告は原告らの給与支給義務者である。

(二)  被告は地方公務員法第二四条第六項 及び地方教育行政の組織および運営に関する法律第四二条の規定に基づき制定された福岡県公立学校職員の給与に関する条例(昭和三二年福岡県条例第五一号。ただし、昭和四四年福岡県条例第六号「福岡県公立学校職員の給与に関する条例の一部を改正する条例」による改正前のもの。以下、単に「学校職員給与条例」という。)、第二一条に基づき、福岡県の地方教育公務員に対し、昭和四三年一二月五日勤勉手当を支給したが、原告らに対しては、原告らが昭和四三年一〇月八日一時間の無断欠勤をして勤務一時間当りの給与額を減額されたことを理由に、別紙原告請求金目録の請求金額欄の金員をそれぞれ勤勉手当から減額して支給した。

(三)  しかし、右勤勉手当の減額は、次の理由によって違法である。

≪以下事実省略≫

理由

一、本案前の主張について

被告は、勤勉手当の支給は行政庁の処分であるから、原告らが本件勤勉手当の支給につき不服であれば、まず、地方自治法第二〇六条に定める審査請求の申立てをなし、その決定に不服がある場合にはじめて処分庁を相手方とする処分取消の訴を提起すべきであるのに、本件訴訟は右手続を経ることなく提起されたものであるから、同法第二五六条の審査請求前置の規定に反し、不適法である旨主張するので、この点について判断する。

およそ、取消訴訟の対象となるべき処分とは、行政庁が公法上の具体的事実を規律するために、外部に対して行なう直接の法的効果を生ずる公権的行為をいうのであり、その行為が行政庁の内部的な行為に過ぎないか、まだ外部に表示されず内部的な段階に止まっている間は、これによって私人の権利、義務が侵害されることは原則として考えられないから、これをもって取消訴訟の対象となる処分ということはできないものというべきである。

そこで本件についてみるに、原告らがいずれも福岡県下の公立小中学校に勤務する地方教育公務員であること、原告ら地方教育公務員の勤勉手当の支給については、地方公務員法第二四条第六項、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四二条に基づき制定された原告主張の学校職員給与条例の第二一条、職員の給与に関する規則の第二四条ないし第二六条及び第二八条等がその根拠規定であることはいずれも当事者間に争いがないところ、右条例第二一条第二項及び右規則第二四条によって原告らの勤勉手当の額を算出するために基準額に乗ぜられるべき期間率(勤務期間による割合)と成績率(勤務成績による割合)のうち、期間率は右規則第二五条によって客観的、機械的に定まるものであるが、成績率の決定は右規則第二八条によって任命権者に委任されているものであるから、任命権者の決定によって初めて定まるべき性格のものである。しかしながら、この任命権者の成績率の決定は、本質的には内部的な決定に過ぎず、これをもって独立の処分となすことはできないから、この内部的な決定に基づいてなされた勤勉手当の支給についても、その処分性を認めることはできない。

そうだとすると、本件勤勉手当の支給は取消訴訟の対象となる処分とはいゝ得ないものといわねばならないから、被告の本案前の主張は採用の限りでない。

二、本案について

1  原告らの給与支給義務者である被告は、昭和四三年一二月五日期末手当及び勤勉手当を原告らに支給したが、その際原告らが同年一〇月八日一時間の無断欠勤をして、勤務一時間当りの給与額を減額されたことを理由に、原告らの勤勉手当から別紙原告請求金目録の原告名欄に対応する請求金額欄記載の金額をそれぞれ減額して原告らに支給したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告のなした右勤勉手当の減額の当否について検討する。

(一)  ≪証拠省略≫によると、日本教職員組合(以下、単に「日教組」という。)は公務員の給与引上げに関する人事院勧告の完全実施を要求して、昭和四三年一〇月八日一時間ないし二時間のいわゆる一斉休暇闘争(統一時限ストライキ)を行なうことを決定し、この決定に基づき日教組に所属する福教組においても、同日早朝一時間の一斉休暇闘争を行なうことを決定し、その旨を組合員に指令したが、福教組に加入している原告らも当日の闘争に参加し(原告らが福教組の組合員であることは当事者間に争いがない。)、一時間にわたって職場を離脱したこと、そして被告は、翌月の給与から、右ストライキ参加を理由に、勤務一時間当りの給与額だけ減額して原告らに支給したことが認められる。

(二)  次に、≪証拠省略≫によれば、昭和四三年一二月五日に支給された勤勉手当については、被告が前記根拠規定に基づいて、次のように取扱ったことが認められる。

(1) 勤勉手当は、支給日一二月五日の分は基準日(一二月一日)以前六月以内の期間における各職員の勤務成績に応じて支給され、その額は各職員がそれぞれその基準日現在において受けるべき給料の月額と暫定手当の月額との合計額(すなわち基準額)に、任命権者が人事委員会の定める基準に従って定める割合、すなわち、各職員の勤務期間による割合(期間率)に、勤務成績による割合(成績率)を乗じて得た割合を乗じて得た額とする定めであるが(学校職員給与条例第二一条、付則第二七項、職員の給与に関する規則第二四条参照)、給与支給義務者たる被告は本件勤勉手当の支給については学校職員給与条例第二一条第二項所定の勤勉手当を支給し得る総額との関係から、基準額を、基準日現在における給料の月額に暫定手当及び扶養手当を加算した額とし、成績率はまだ勤務評定に関する規程(または県教育委員会の計画)が定められていないため、職員の給与に関する規則第二八条第二項所定の範囲内で全員一律に一〇〇分の三〇と定めた。

(2) また、勤勉手当にかゝる勤務期間の算定については、職員の給与に関する規則第二六条により、期間率の算出基礎となる勤務期間から、同条第二項第三号掲記の「学校職員給与条例第一四条により給与を減額された期間」が除算され、期間率は右規則第二五条により、同規則別表第一の勤務期間欄の右欄に掲げる期間に対応する期間率が適用された。すなわち、原告らについては、前記のように給与が勤務一時間当りの給与額だけ減額されたので、勤勉手当の勤務期間も一時間だけ除算されその結果勤務期間は五月以上六月未満として取扱われ、期間率は右別表第一により一〇〇分の九〇とされた。そのため、原告らの勤勉手当は前記のように別紙原告請求金目録の請求金額欄記載の金額だけそれぞれ減額されて支給された。

以上の事実が認められる。

以上認定の事実によれば、被告が原告らに対して支給した本件勤勉手当の額の算定は、前記条例及び規則に従って適正になされたものと解される。

3  しかるに、原告らは本件勤勉手当の減額は勤勉手当の生活給的側面及び能率給的側面からみても、また関係法規の均衡ある統一的合理的な解釈の面からみても不当であると主張するので、以下、この点について判断する。

(一)  前記のように、職員の給与に関する規則第二六条は、同条第二項第三号に掲げる「学校職員給与条例第一四条の規定により給与を減額された期間」は同条第一項の勤勉手当にかゝる勤務期間すなわち給与条例の適用を受ける職員として在職した期間から除かれると規定しており、一方、同条例第一四条は「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者又は市町村教育委員会の承認があった場合を除くほか、その勤務しない一時間につき、第一八条に規定する勤務一時間当りの給与額を減額した給与を支給する。」と規定し、同条例第一八条は「前四条に規定する勤務一時間当りの給与額は、給料の月額に一二を乗じ、その額を一週間の勤務時間に五二を乗じたもので除して得た額とする。」と規定しているから、これら各条項を文言どおりに読めば、たとえ給与が一時間分だけ減額された場合でも、当該職員の勤務期間は六月未満となり、勤勉手当の期間率を減ずることは正当であると解される。

(二)  ところで、給料は正規の勤務時間による勤務に対する報酬であるので(学校職員給与条例第五条第一項)、職員が勤務しないとき時間単位をもって給料を減額できることはその性質上当然である。他方、勤勉手当は、期末手当がいわゆる盆と暮には生計費が一時的に増大する我が国の生活慣習に応じた生活補給金的な性格を有するのに対し、勤務成績に応じて支給すべきものとされていること(同条例第二一条第一項)からも明らかなように、本来能率給的性格を有する手当と解することができる(もっとも、勤勉手当の額が比較的少額であること、および現行給与制度の実態が年功序列方式の生活給に近いものとなっていること等からして、どうしても生活給的側面のあることは払拭できない)。そして、勤勉手当は、右のように、その者の勤務成績に応じて支給できるように人事委員会がその基準を定めることとされているが、その支給割合は職員の勤務成績による割合(成績率)に勤務期間による割合(期間率)を乗じて得た割合と定められている(職員の給与に関する規則第二四条)。これは、成績率が通常職員の日常の勤務状況を勤務評定して定められ、勤勉手当の性格からすれば、これだけで支給割合を決めてもよいのであるが、成績率だけでは、評定者の主観に偏し、公平を失するおそれがあるため、これを防止して客観性を担保するために、本来勤務評定の客観的資料となるべきもののうちから勤務期間を抽出し、とくにこれを他の資料と区別して、勤勉手当の支給割合を定める要素に加えたものと解される。そうだとすると、勤務期間はあくまでも勤務成績の徴憑として考えられているのであるからして、勤務期間とこれに対する支給割合との間には、必ずしも、給与の減額の場合のように、厳密に比例的な対応関係が要求されているわけではなく、その間に勤務成績に応じて支給される勤勉手当の性格を没却しない程度の合理的な対応関係が保たれておれば足りるものというべきである。しかも、勤勉手当は給料と異なり、勤務時間における労働に対して支払われるのではなく、さらに、勤勉手当における生活給的側面に着目するならば、勤務期間をある程度段階的に区切って、一段階の中では勤務期間に多少の幅があっても、その支給割合を同一にすることも許されるものと解すべきである。しかしながら、人事委員会がわずかな欠勤時間に対し極端に大幅な勤勉手当の減額がなされるような期間率の定め方をし、勤務期間と支給割合との間に保たれるべき合理的な対応関係の範囲を逸脱し、そのために著しく公平を失するような結果を招来する場合には、勤勉手当が職員の勤務成績に応じて支給されるべきものと定めた前記学校職員給与条例第二一条第一項の趣旨を没却することとなるから、そのような期間率の定めは同条の委任の範囲を逸脱するものとして、違法なものと解すべきである。

(三)  右のような見地に立って、職員の給与に関する規則第二六条第二項の第三号を除くその余の各号を比較検討してみると、これらの各号は原告ら主張のとおりすべて日以上を単位として規定されていることが明らかであり、また同規則別表第一の勤務期間はいずれも月単位で区分され、これに対応する期間率も、各段階につき、支給日六月一五日及び一二月五日の場合は各一〇パーセントずつ、また支給日三月一五日の場合は五パーセントずつ削減されていることからみれば、第三号のみが時間単位で計算されているのは、一見不合理であると解されないではない。前記のように、同号は「学校職員給与条例第一四条の規定により給与を減額された期間」と規定しており、同条例第一四条、第一八条の規定によれば、給与の減額は時間単位でなされることが明らかであるが、それは前記説示のとおり給与の性質上当然のことであって、勤勉手当の期間率を定めるにあたって、給与を減額された期間を除算すべく規定したからといって、この場合も制度上当然に時間単位で計算されるべきものと即断するのは相当でなく、時間単位で計算すべきか否かは、前記勤勉手当の性質、期間率のもつ意義及びわが国における勤務成績評価における一般的傾向等をも考慮して慎重に決められるべきことである。

しかしながら、わが国においては、一般に職員の勤務成績を評価するについて、職務の性質のいかんを問わず、勤怠の程度とくに遅刻の有無、欠勤の多寡などが評価の重要な資料となっていることは顕著な事実というべく、そうであればこそ、勤勉手当の支給割合を定めるについて、勤務期間による割合(期間率)が勤務成績を判定する半ばの要素とされる半面、逆にあまりに厳格な運用は職員の保護に欠けることにもなり、勤勉手当が生活給的側面をも有するところから、負傷又は疾病により職務に従事しえなかった場合でも、その期間が三〇日以下である場合には、その期間は期間率算定の基礎となる勤務期間から除算されないものとして(職員の給与に関する規則第二六条第二項第四号)、当該職員の保護をはかっていること、さらには、国家公務員の例によるものとされる休暇(福岡県職員の勤務時間等に関する条例((昭和二六年福岡県条例第七四号))第五条)についても、有給休暇制度の本来の趣旨に反していると解されないではないような一時間単位の年次有給休暇が認められていること(昭和二四年人事院規則第一五―六第三項参照)等に徴しても、右規定でまかなえず、したがって、欠勤について任命権者または市町村教育委員会の承認がなかったものとして給与額を減額された(学校職員給与条例第一四条)場合には、たとえその期間が一時間であっても、当該職員の勤務成績を、全く勤務しない時間をもたない職員のそれと区別して、これより下位に位置づけたとしても、それが普遍妥当性を有するかどうかはともかく、上記のようなわが国の勤務成績評価における一般的傾向等を前提とするときは、あながち不合理なものとしてむげに退ける訳にはいかず、そうだとすれば、人事委員会が勤勉手当の支給割合は勤務期間による割合(期間率)に勤務成績による割合(成績率)を乗じて得た割合と定め、たとえ一時間の欠勤をし、給与を減額された場合でも、その期間は勤務期間から除算されるものとして、前記のような期間率を定めても、勤務しなかった時間一時間について期間率が五ないし一〇パーセントの減少となる程度では、いまだ必ずしも勤勉手当の支給につき、その者の勤務成績に応じて支給がなされるよう、人事委員会に対し支給基準を定めるべく委任した学校職員給与条例第二一条の委任の範囲を逸脱しているものとは解されず、したがって職員の給与に関する規則の当該条項は適法であるといわなければならない。

(四)  以上のとおり、職員の給与に関する規則第二六条第二項第三号の「給与を減額された期間」とは、一時間分の給与を減額された場合でも勤務期間から除算する趣旨であるから、原告らが昭和四三年一〇月八日一時間の欠勤をしたため勤務一時間当りの給与額の減額を受けたことを理由に原告らに対して同年一二月五日に支給された勤勉手当を算出するにつき、原告らの期間率は勤務期間「六月」に対応する「一〇〇分の一〇〇」でなく、勤務期間「五月以上六月未満」に対応する「一〇〇分の九〇」であるとしてなした被告の措置は適法である。

4  なお、原告らは、本件「減額措置」は、原告らが高教組の組合員として人事院勧告完全実施を目指す要求貫徹大会に参加したことに対する報復措置としてなされたものであるから、権限濫用として違法である旨主張し、なるほど≪証拠省略≫によれば、原告らの加入する福教組は昭和三一年頃からたびたびいわゆる一斉休暇闘争(統一時限ストライキ)を行なってきており、一時間ないしは一日に満たない半日程度の休暇闘争を行なったこともあったが、これに対して給与の減額がなされたことはあっても、勤勉手当の減額がなされたのは昭和四二年一二月五日以降であることが認められる。しかし、右減額は、前記のとおり関係法規を正しく適用した結果生じたものであるから、そのことからただちに右措置が報復措置であるというのは当を得ないし、しかも≪証拠省略≫によれば、被告において、原告らに対し勤勉手当の減額をなしたのは、昭和四一年度の大蔵省および文部省の合同監査の際に、被告が従来の一斉休暇闘争においては勤勉手当の減額をしていなかったのを指摘され、同年度の国庫負担金のうちから約二、五〇〇万円を減額されたため、被告においても、昭和四二年度以降は、国家公務員同様、時間単位で勤勉手当の減額をなすこととしたからであることがうかがわれるから、原告らの右主張も亦採用するに由ない。

三、そうだとすると、原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍬守正一 裁判官 宇佐見隆男 裁判官 大石一宣)

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